2005年10月の日記

ニューオリンズ
この間のハリケーン「カトリーナ」の被害が甚大であったことは言うに及ばないが、今日のレッスンの時に生徒さんがびっくりすることをいう。「なんかハリー・コックJrも亡くなったらしいですね。」

それは正確には「ハリー・コニックJr」であり、もしそんな名前だったらとんでもないことになる、ということを訂正しつつも驚きを隠せなかった。

これを読んで驚く方もいると思うので早めに訂正しておくが、これはどうやら生徒さんの誤認のようで、家帰ってネットで調べてみたら、ハリケーン被災者支援のための生中継のテレソンでハリー自身が演奏していたようだから、もちろん彼は無事である。

ハリー・コニックJrといえばその端麗な容姿と、甘い歌声に華麗なピアノで、ちょうど僕が高校生くらいのころにジャズ界でブレイクし、その後は映画にも出演したスターである。「シナトラの再来」などと評した人もいた。CDを買い集めるほどではなかったが、彼の出演したNHKのライブ番組のビデオはよく観た。そんな彼が実はブレイク前にボブ・バーグとマイク・スターンの双頭バンドのオーディションを受けていたというのはプチ・トリビアであるが、つまりは彼の音楽性は実に引き出しの多いものであり、才能豊かな人なのであった。

そんなミュージシャンですら亡くなる可能性のあったこの間のハリケーンの被災者の方たちに、自分が何が協力できるのだろうと柄にもなく考えてしまった。

ミーターズやネヴィル・ブラザースにドクター・ジョン、ニューオリンズにゆかりの深い、僕の愛するミュージシャンたち。
何ができるんだろうなぁ。
(2005.10.31)

で結局、言葉、使ってんだけど。
例えばゴスペルのような、スピリチュアルなメッセージを意図的に伝えることが不可分であるような一部の例を除けば、言葉と音楽はやっぱり別物であり、歌詞でさえ本来の作者の手からも離れ、聞き手のイメージに対するトリガーとしての存在になる。渋谷さんではないが、やっぱり「音楽」は「音楽」なのだ。

ましてや、自分で、言葉で音楽を説明することの不毛さをある程度わきまえているつもりになっていても、一方で音楽学校の講師として「音楽を『説明』する」ことを生業の一部にしてしまっており、しかも中途半端な知識に振り回されている僕ののような人間にとっては、もう、これはそりゃそれで行くとこまで行くしかないわけだが、そんな僕にとって、栗本英明君の音楽は、本当に文字通り、心洗われる。「純音楽体験」と言っても良い。

ギターをオープンチューニングによる独特の響きにしたてあげ、そして普段の彼のぼそぼそとした喋りからは想像もつかない(失礼)力強い、澄み切った歌声。彼の演奏を聴いていると、ギターを普通のチューニングで、お決まりのコードフォームで曲を弾くこと自体が馬鹿バカしいことのように思える瞬間すらある。もちろんオープンチューニングだってそれ用のコードフォームの方法論という縛りはあるのだけど、その開放弦がキラキラとなるサウンド、そしてその自分の音楽からも抜け出そうかとのごとく時折繰りだされるネックベンド。そこには何か既成の「枠」から飛び出そうという何かがあるのだ。そのことについて彼と話したことはないけど、こやつももともとがほんとに優れたベーシストなのである。そんな彼が、ギター一本で自分の曲を弾き語って行こうと決めたとき、自分にこれまで纏わり付いてきたものと一本、線を引いたように思えてならない。

あえて乱暴に、かつ男尊独断嵐山光三郎風に言えば、栗本くんの歌詞は「ヤロー(のための)音楽」である。女の子の栗ちゃんのファンに怒られそうだけど。聴き手のイメージを喚起し、それはとても切なくてイナセな「像」だ。ていうか、やっぱりこれは独断かもだ。今更なんだが、要は、俺は栗本英明のファンなのである。

奥田聡子(彼女についてはまたいつか触れることがあると思うけど)と栗本英明。このふたりの、少なくとも僕にとっては、類稀なきソングライターが自分の暮らす街にいてくれることを、ほんとにうれしく思う。
(2005.10.30)

怖い夢
久しぶりに演奏中の夢をみた。あまりに恐ろしかったので覚えている。ちなみにささぽんは、いざ演奏しようとして、おっと譜面がない、という類の夢を良く見るといっていたように思うが、こんなんしょっちゅう見てたら寿命縮まるよ全く。

内容は簡単に言うと、広いホールのゴスペルの演奏で、各楽器陣の位置がかなり離れている上に人に遮られお互いが見づらく、で、むらむらがカウントしてるのに、ふとみるとベースのシールドがジャックから抜けている。おまけに始めた曲がどうもしっくりと行かず、なんと半ばでバンドが止まってしまう(ぐえぇ)。というものだ。どうです、ささぽん、むらむら、あべっち、きぬやん、なおちゃん、怖いでしょう。


物凄い勢いで目覚め、自分がいる場所と時間を確認した。
(2005.10.28)

それにしても
先週から本当に寒い。昨年の10月ってこんなに寒かったっけ?風邪を引いている人も周りに多い。
すわ、コタツか、という気にすらなる。

去年まではノートパソコンだったのでコタツの上にパソコンを移動させて、「コタツの人」と化してしまい、ベッドに移動するときだけコタツから出る、という鬼畜生活だったのだが、今年はデスクトップに代わり、そんなわけにもいかない。すでに「気候を先取り」というこの部屋の特徴はいかんなく発揮されており、外の方が暖かい時もある。どうしても長時間の作業になるため、足元の暖を考えなければ。

先週の始めごろ、昼間原付に乗っていて、あ、いま秋なんだ、と思った。過ぎた夏に未練を残したままずるずるといると、京都の場合特に、あっという間に冬になってしまう。何着たら良いか微妙すぎてわっからーん、という時期は短く、毛布を出して、セーターを着込んで、もう冬の装いだ。いかん、「秋」を楽しまなきゃ。

夏場に比べて、部屋でコーヒーを入れる機会が増え、やっとささぽんのスペイン土産のコーヒーまで辿り着く。高宮マキ氏が自分のブログでキューバのコーヒーが美味かった話を書いていたが、スペインもどの店でもコーヒーがとりあえず美味かった覚えがある。お土産も、すばらしい香り。ついつい寝つきが悪くなるほど飲んでしまう。そういえば以前はカフェインの効果に甚だ懐疑的で、コーヒー飲もうが何しようが眠くなると寝てしまったものだが、最近は部屋でコーヒーを多飲すると露骨に眠れなくなるようになった。人の助手席に乗せてもらった帰り道なんて、あんなに眠くなるのに!!
(2005.10.24)

「実験君。」@ROOM335
昼にオープンハウスを見に行く機会があり、「一戸建ての空き家」を見る。生まれて初めての経験かも。

晩、335で「実験君。」。なんでか気合入った演奏になった。本当にこのセットだけは始まってみないとどういうステージになるかわからない。ここしばらくの「まとめにでる」という方向性がまた変わり、気がついたら一杯、曲をしていた。来ていただいたお客様方、長丁場に付き合っていただき、本当にありがとうございました。まこっちゃん@ジュスカすばらしいです。本当にありがとう。やっぱりお客様にはたくさん来ていただくに限るね。絶対に。

アフターアワーにチャンプ馬場君が335に飲みに来て、酔っ払いセッション。俺、はしゃぐ癖が出て調子にのる。反省。
(2005.10.23)

いよいよ
日本シリーズ開幕。

阪神には不利すぎ。井川たしかに踏ん張れなかったという点での落ち度は否めないが、あの審判辛いなぁ〜。

数日前ここで「ロッテ寄りの見方でシリーズを見そう」と宣言したが、実際見てみると、意外と阪神の肩を持っている自分に気づいて、少し不思議だった。やはり10数年見慣れていると、そんなもんなのか。「濃霧」って凄いな。最初は絶対発炎筒かと思った。

夜、昨日に引き続きアイアイ。
(2005.10.22)

やはり
むちゃがきかなくなりつつあり、かつ休みだ、という意識も働いて、一日中家でうだうだ。

夜、アイアイ。
(2005.10.21)

一人で暮らしているので、誰に内緒、というわけではないのだけど、内緒な気分で朝4時に家を出る。今日はお休みなので街に飲みに行こうという悪巧み。

千本通りは月明かり、人っ子一人いない。車通りもほとんどない。

満月ではないのだが月がとても明るく、肌寒さがもう秋であることを体に教え込む。タクシーが拾えるところまで、てくてく歩く。

烏丸丸太町で、まだ馴染みの店の明かりがついているので、タクシーを待たせて階下に下りてみたら、客はおらず、マスターがピアノに突っ伏して熟睡していた。

そののまま木屋町へ。やはり馴染みの店のそばでタクシーを降りて3階まで上がったら、店のドアが閉まっている。

で、結局やっぱりやっぱり古い馴染みの別の店へ。一杯だけ飲んで帰ろうと決めていたのだけど、

偶然古い友達が一人でいた。目は、蕩けている。それでも再会を喜んでくれて、すこししゃきっとした。昔の友達たちがどうしているかの話に花が咲く。びっくりするようなカップルのシャッフルだのなんだの。「みんな幸せになってくれたらええねんて。」と、彼はわめく。そいつは、変わらなかった。僕も、全然変わってない。ちょっとだけ年を重ねたけど。

結局、思惑より少しだけ余計に飲んで、明けかけの街を、タクシーに乗って、家に帰った。
(2005.10.20)

困った
今日はジュスカと高槻JKカフェ。とても楽しく演らせていただき、ほんとに楽しい時間でした。

ところで、最近は大阪方面に電車で行くときは、金銭面より時間を重視して、JRを利用しているのだが、高槻JK関係に行くときは、阪急高槻駅からが圧倒的に近いので、あいかわらず阪急を利用している。

で、問題は、そこまで原付で向かうのだが、どこに置くか、なのだ。それこそ前はお金が徹底的になかったので、駐禁・撤去覚悟で阪急の駅周辺においていた。(関西以外の読者のために書いておくと、JR京都〜大阪間で540円、阪急河原町〜梅田間で390円、駅名こそ違うが、京都大阪間を移動する主な手段である。ちなみに京阪電車というものもあってこれは出町柳〜淀屋橋間がたしか400円強だったと思うが、俺は京都の西サイドに住んでいる上に、時間も中途半端にかかるので縁がないのだ。)

しかし、最近はおかげさまでそのお金をケチるよりもはよ行かな、という事態の方を重視できるようになり、また、JRの駅であれば京都駅、西大路駅、ともに有料の駐輪場があるので、そこに停めておけるのである。

主に利用する大宮駅も、四条通を少し西に行ったところに駐車場があり、そこで係りのおっちゃんに400円を払うと奥にあるスペースに原付を置く事ができた。バスで往復すれば440円。バスで帰れる時間帯などに帰れるはずもなく、十分納得できる金額だった。

それが、今日原付を停めとうと向かったら、なくなっていた。整地されて、無人の駐車場になっていたのである。無論、原付は置けない。

これは、かなり困る。憤っている。どうせいっちゅーの。京都市は木屋町や四条通で「放置」自転車や原付を撤去しているし、警察も駅周辺では原付でも駐禁をとる。はっきりいっておくが、基本的に俺はよっぽど置き場に困ったとき以外、路傍に原付や自転車を置き去りになどしたくはない。そのために500円くらいのお金を払うのは必要経費でしょうがないくらいにまで思っている。京都市のように電車へのアクセスが不便な街で、不確定な時間に、大阪に頻繁に出なければならない人間は、どうしろっていうのだ。行きはバスで行けるが、帰りの手段がない。タクシーを使えと言うなら、ふざけている。そんなことたびたびできるような経済状態ではない。もちろん酒を飲むときやら、荷物が多いときなどはきちんとこっちも割り切ってきちんとタクシーを使っている。

ついでに勢いで書くが、JR京都駅の伊勢丹の駐輪場もはなはだ疑問だ。12時に閉まるのだ。大阪からの最終が京都に着くのは1時過ぎ。なぜ、それまで開けない?西大路の駐輪場が夜1時半まで開いているのに、より主要な駅である京都駅がなぜ最終を待たずに駐輪場を閉めてしまうのだ?いわんや地下鉄など11時半に京都駅発北向きがでてしまう。???京都の街に帰ってくる人たちのことを何だと思っているのだ?

祇園で市議の人に聞いた事がある。京都府は47都道府県のなかで、人々の平均時間がもっとも長いのだそうだ。「普通の人」にとって夜は長いのである。一方で、京都市は「学生の町」異名を取るごとく、貧乏な、若い人間が多い。そして、こいつらにとっても夜は長いのである。

これは行政の問題だと思う。これをもし、京都市関係の人、電鉄関係の人、読んでたら、是非、ご一考いただきたい。弱者と自分を例えるのは甚だくすぐったくアホだと自覚しているが、貧乏人のことにも多少考えを回して欲しいのだ。経済の活性化にもひょっとして繋がるんじゃないかくらいに思っている。

さしあたり、主に利用する阪急の駅(河原町・烏丸・大宮)のまわりで駐輪場を知らない。困った。
(2005.10.19)

終戦
あああホークス負けちゃった…

敗因は、4回裏、カブレラ二塁打の後大村が送ってワンアウト3塁での、鳥越の強行策である(結果空振りの三振)。

セラフィニの荒れ球、守備は良いが意外と小技が下手な鳥越、しかも前の打席で犠牲フライを打ててる、と確かにサインを出すには勇気が要ったかもしれないが、あそこはヒットの確率の少ない鳥越である。スクイズを試みて欲しかった。2点差では、あかんのである。確実に加点しなければならない場面であった。

確かに8回表のバティと宗君の交錯によるミスは痛いが、責められん。

あと、ファン的希望ではあるが、「いつもどおりの野球を」という吉武→三瀬の連携は判るけども、ランディ・ジョンソンのごとく、6回アタマから仕切りなおしのつもりで斉藤を投入して欲しかった。

やはり昨日の疲れは体に残っているので、ホークス負けて悔しいのだが、悔しがるにも体力がいることを痛感。

ロッテは選手全員パ・リーグらしくて、キャラ立ってて、いいチーム(里崎だけちょっとむかつくけど)なので、日本シリーズ、阪神ファンには悪いがはロッテ応援気味に見る事になりそう。
日本シリーズも良いゲームになるといいな。
(2005.10.17)

ゴス塾@服部緑地野外音楽堂
ささぽんと7時間ぶりに再会し、一路服部緑地へ。
朝9時45分に新御堂筋沿いのマクドにバンド軍団で集合。
衣やんちょっと風邪しんどそう。

野外といえば読売シアターイースト(だっけ?ライブアンダーザスカイやってたとこ)とか日比谷野音とか(これって一緒じゃないよね。よく知らないが)をイメージしていたのだけど、服部緑地もイメージたがわず、とても開放的な雰囲気で良い感じだった。

BEEさんは「豪雨でいかに良い野外ライブをするか」のイメージトレーニングのためにグランド・ファンク・レイルロードのライブを聴いておいたらしいが、前日の雨もすっかり上がって良い天気である。きっと誰かの行いが良かったのだ。

本番直前ギリギリまで打ち合わせたのだけど、なかなか色々とやってしまったが、全22曲プラスαを何とか完走。今回は何かと気を使わなきゃいけないことが多かったのでしんどかったなぁ。クワイアの皆様、バンドの皆様、スタッフの皆様、手伝っていただいた皆様、ほんとにお疲れ様でした。

昨日リハの本番今日、ということで久々に演奏途中で人差し指の皮がむける。長丁場はこれがつらいのである。

笹岡嫁が一緒に来てくれて何かと手伝ってくれた上に、帰りの運転を引き受けてくれたために、ささぽんも飲める、ということで打ち上げに。帰りの車内で爆睡してしまう。

ホークス、奇跡の二連勝。パナマウンガー!
(2005.10.16)

ゴス塾リハ。帰りに天六の洋食屋に行く。
いつもよりよく噛む。

どういうわけか9回裏にコバマサ劇場が開演したらしく、ホークスがミラクルなうっちゃりをかましていた。ただしミラクルは滅多におきないから「ミラクル」なのである。
(2005.10.15)

風邪流行ってます。
晩ファニカンとアイアイ。よしこちゃん&菊池さんはしっかり俺に風邪をうつされていたらしく、平謝りに謝る。千絵ちゃんも体調崩していた。
(2005.10.14)

嗚呼ホークス!
ばっちし二戦目も2×3で負けたのである。
このままではアトランタ・ブレーブスみたいになっちゃうではないか!斉藤や城島のせいではない。打線、つながらなすぎ。やはり実戦から二週間空くというのはハンデなのか。
(2005.10.13)

ところで
あまりこれまで触れなかったが、我が中日ドラゴンズの必死の粘りも及ばず、阪神タイガースが磐石の強さを最後まで維持し、セ・リーグ優勝を決めたのは9月の末であるが、今は目下我がソフトバンク・ホークスがその阪神との日本シリーズでの対決権を賭けてロッテ・マリーンズと戦っているパ・リーグのプレーオフ第二ラウンドである。はっきり言って仕事が手につかない。BSデジタルがうらやましい。さっきからネットの実況ページに行く度に杉内がピンチなので怖くて覗けない。おー堀はセンターフライか(やっぱり覗いてる)。よかったー、がんばれホークス!

「欽ちゃんのドグマでやるの」という駄洒落でやっとベースの教え子のバンド名をおぼえる。19日に結構その筋では有名なアメリカのバンドのオープニング・アクトをやるそうだ。がんばれーTK!

追記:ホークスしっかり負けますた(泣)
(2005.10.12)

後期開始
アンの後期の授業が始まる。いまだにこの新学期の開始というやつが苦手で、新しく会う生徒たちを前に緊張する。俺の場合緊張する、ということは「余計にしゃべる」という悪循環におちいるのがなおたちが悪い。

夜のゴス塾リハのため、アンは16時に終了。これから火曜日は11時〜21時までほぼぶっ通しで授業になる。考えただけでお腹が空く。

夜はまたまた笹岡号で一路中津へ。帰り笹岡嫁も合流して我が家近くのまずい(でもすでに俺には免疫ができている)ラーメン屋に行き、二人に拷問のように俺の普段の食生活に対するシンパシーを強要する。

久しぶりにびっくりするくらい寝つきが良かった。
(2005.10.11)

とはいうものの
ゲイリーさんにいっぱい音楽の力はもらったのだが、考えたら昨日も半日楽器弾きっぱなしであったわけで、気力と体力が反比例。

ささぽんも所属する、オカザキ氏リーダーの「Bed Breakers」のライブを観にRAGへ。さすがに終演後飲んだくれるわけにもいかず、開演時間が早かったおかげで、バスで帰宅する。
(2005.10.10)

GARY HINES!!!!!!!!!!!!!!!!!!
お世辞にもグッドコンディションとは言えない状態で、でも緊張感のせいかばっちし目覚め、ささぽん号に便乗させてもらって一路豊中へ。到着してセッティングしていると、Garyさんがやってきはった。

恩年53にはとても見えないバンプアップされた体と、文字通り「きらきらした」瞳。なんか腕まで去年より長くなったような感じ。

簡単なサウンドチェックの後
予定より少し遅れてワークショップ昼の部が開演。
去年はこちらがナーバスになりすぎてなかなかGaryさんの言うことを汲み取れなかったのだけど、去年よりは少しは機敏に反応できたのじゃないかな。音楽パワー(@ささぽん)をあげて臨んだおかげでしっかりバンドサウンドになってたし。

Garyさんがどんどんクワイアをまとめ、みるみる曲が仕上がり、最後にミニコンサートをして終了。

そしてご飯休憩をはさんで夜の部へ。

一旦体が冷えた後、どういう風にGaryさんが二部目に突入していくか興味があったが、なんのことはなく、あっというまにポイントまで到達してしまった。すてっぷホールは梅田花月のように結構な傾斜の階段状に客席が舞台のほうに向いているので、客ワイア(裕子さんが発案)のみんなが歌うのが上のほうまでよく見えるし、それに声が自分たちに向かって飛んでくる、というのはほんとに気持ち良い体験だった。

楽器をBB’Sのリハに向かうささおか号に預けて、打ち上げの「和民」に。有紀さんやパタさん、gottyさんと「水曜日の会社帰りの居酒屋」状態で飲む。でBP酔いどれ'sと阪急に乗って帰った。

Garyさんは本当に、凄い。きちんとした明確な音楽(サウンド)が彼の中にあり、それを表現し、人に伝えるすべをパーフェクトに心得ている。そして、人間がでかい。本当に、凄い。

このような機会をあたえてくれたBEEさんと裕子さん、そして(僕なりに)神様に、感謝。
(2005.10.09)

おお
左目の奥が痛い。どうもさすがに年なのか、はたまた体がなまっているのか、それとも病み上がりのせいか、体の疲労がなかなかとれない。仕事はアイアイだけだったのだけど、体と意識がむぎゅーな感じで軽くいらっとくる。松田さんが仕事の関係でNGで、代わりに斉藤君がドラムをやってくれたのだが、なかなかフォローできなくて、かわいそうなことしちゃったなぁ。ごめん。疲れると「第3の目イタイイタイ病」が発動し、それが寝付けないほどまでになってほとほと困る。眼科より心療内科か、これは。
(2005.10.08)

「クラブ黒猫7th night」@桜川フラミンゴ・ジ・アリューシャ
今日は久々の黒猫。TBF的にはアルバムご披露会。たくさんお客さんが入ってくれてよかった。ベリーダンス(おへそ)凄い。

まほちゃん、北森くん、お疲れ様。
(2005.10.07)

体やすめつつ
家仕事。
(2005.10.06)

TTP@難波Rockets
「いいちこず」主催のイベント参加のため難波へ。
出演はいいちこずとフラワーチャイルド。フラワーチャイルドのギターのクジメくんが相変わらずギターを弾きちぎっていて、とてもかっこよかった。MCで久々に「秘技・脊髄反射しゃべり」を出してしまう。TTP、リハしたいなぁ。こんだけ楽しいんだし、もっと色々できそう。ツアーもやりたいなぁ。
Kammyの店に行きたかったが、溜まった仕事を鑑みて泣く泣く最終で帰洛。
(2005.10.05)

なおりつつも咳がまだ
夜、ファニカンのあと、秘密練習のためにカラオケに行く。
一人でカラオケボックスに行くのはとても気が引ける。
案の定、入り口でアンの卒業生に見つかり、肝を冷やした。
帰りに昔馴染みのバーに寄り、帰宅。
大分、体はまし。
(2005.10.04)

風邪2
ちょっと復活。なにしてたっけなぁ・・・そうだ、ゴス塾の準備始めてたわ。
(2005.10.03)

風邪
復調せず。なにかあったのだけど、記録にも記憶にもなし。
(2005.10.02)

ひえもう十月かい!
まずはHP開設一年です。皆様、ご愛顧大変感謝しております。

個人のサイトとして、これからも細々と続けて行きたいと思っておりますので、末永くよろしくお願いいたしまするる。

管理人きもちゃんぬに感謝!


さて、風邪を引きました。季節の変わり目、ものの見事であります。

先週の月・火とアン・ミュージックスクールの前期のアンサンブル・ラボがあって、これは僕の担当するアンサンブルのクラスにとっては期末試験の代わりのような発表会である。みないい緊張感をもっていい演奏をしてくれ、ドラムのTくんは過呼吸で病院に運ばれ、長谷川はしゃべりすぎと連日の打ち上げ完走により、しっかり風邪を引いた。

このアンサンブル・ラボなにかと時間を割いていたため、終わったら部屋の掃除をはじめ溜まった雑事をこなすぞーと思っていたら、木・金と丸二日寝込んでしまい、気がつけば10月なのだ。

やばい、はっきしいって仕事溜まりまくりかも!
(2005.10.01)

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